2/8 霞ヶ関にある 経済産業省前 別館にて「大飯原発の再稼動に関するストレステスト審議会」が行われてまして、それに対する抗議集会があったので参加してきました。


今までも脱原発デモは参加してきましたが、経済産業省での抗議活動は初参加。当日は様々な団体に加え主婦、サラリーマン、バンドマン、俳優、右翼、・・・etc
いろんな方が集まり、その数は200?300?
PS BURN THIS LETTERの笠沼さん、羊数えるのシバタさん、elicaのマスヤマも来てた。(人が多くて会えなかったけど)
雪が降って寒かった。カイロを貼って耐えた。
報道陣もたくさん。きちんと報道してくれたのか?信用ならん。
いろんな方がトラメガでスピーチを繰り返す。山本太郎もスピーチしてた。あるときは語りかけるように、あるときは激しく叫びかける。全てが「原発反対」という強い思いに溢れている。右翼の方の「右翼も左翼も、大人も子供も、女も男も関係ない。みんなの命が平等。原発反対!」というスピーチに深くうなずく。
10数年前に放射能漏れがあった東海村出身の方が泣きながら「東海村はほんとうに原子力から手を引きたい。もうコリゴリです。死にたくない。もう怖い思いはしたくない・・・」とスピーチされていた。
胸が痛む。そして、今の自分もその状況に追い込まれている。
この日の大飯原発の再稼動に関するストレステストは「妥当」とのこと。なんで?
大飯原発は三菱重工が造ったものらしいですが、この日の再稼動に関する審査をした人の数名が、その三菱重工からお金を貰っているんです。審査にあたった東大の原子力の権威は、三菱重工から研究費を出してもらって研究してるとか。それってスポンサーでしょ?そんな人にきちんと審査なんてできないよ、そりゃ。ヤラセ。
またストレステストを傍聴した方が「何週間も前から傍聴を申し込んでいたのに、傍聴者用の資料は数が全然足りず、審査が終わる頃にやっと配られた。しかも会議も別室でのモニタリングだし、会議自体も小さい声で資料を読むだけだし、何を言ってるかまったく分からず、まったく会議になっていない」と、怒りの報告。
何もかもヤラセ。そんなのに僕らの人生、汚されてる。
デモとか、署名、またはこういう抗議活動は政治的活動なんでしょうか?3・11前なら僕もそう思ったかも。でも、いまは違う。やりたいから、やる。怒りたいから怒る。じゃないと、ゆっくりと殺される。
バンドをやるのと同じ、楽器を弾くのと同じ。理屈を並べて音楽やってない。直感でやってる。だから、デモだって署名だって、抗議活動だって、人に思いを伝えるときは理論だてて話すけど、根本は「直感」。
やらないと、この先、本当にどうなるかわからない。いつまで生きれるか分からない。ポーズなんかじゃない。本当にマズイと思う。
この日のUSTを見たネットの住人が「反原発団体は下品!」とかイッチョかみしてきてたみたい。実際、に自分もツイッターで絡まれたり。
団体って何?俺の日常って、日中働いて、仕事終わればネットや音楽を楽しんで、たまに友達とバンドやって笑って、年を取っていく。そんな毎日だよ。
キレイな空気や水、食べ物に囲まれてそんな毎日を過ごすはずだったんだ。
こういう僕達みたいな「毎日を普通に幸せに暮らす」、そういう人たちがこれから声をあげていかないとダメだと思う。本当に「普通」が無くなっていってしまう。「自分らしく生きる」ことなんて、もう出来なくなりつつある。
褒められたくてやってるわけじゃない。自己満足でもやってない。自己表現でもやってない。そんなのは全部、バンドでできる。
ただ、許せないし、悔しいし、怒ってる。
もっとみんなでやっていけたらイイナと思う。助けてください。
声を出す人もいれば、じっと見つめるだけの人。プラカードを掲げるだけの人。演説する人。何でもいい。足を運ぶこと。そこに皆でいることが、これから必要になっていくと思う。
理屈をこねて立ち止まるなんて、今の時代、一番しょうもない。音楽に突き動かされた気持ちと同様。
許せないものに対してきちんと声を荒げて怒る。
3・11以前の自分を恥ながら、でも、まだ間に合う。これからやり直す。
下の写真は当日の私。彼女がプリントアウトしといてくれたプラカード持って立ってました。ネットプリントって便利ね。
